十一面サンタの仏像ばなし

大好きな仏像の魅力を、独断と偏見で書き綴ります。

深みに嵌りすぎて…

ぼくの性格的な問題で、最近、見仏が疎かになってきています。

見仏歴が浅いにも関わらず、すぐに本線から脱線してしまうのです。
純粋に仏像だけに浸るということができないみたいでして。

まず最初、気になって仕方がなかった、如来、菩薩、明王、天部の違いを調べました。

これはまぁ、これは知っておくだけで、かなり見仏が楽しくなる基礎知識だからいいんです。
が、まだなにか中途半端な気がして、如来ひとつにしてもいろいろ個別に調べたくなります。

○釈迦如来
お釈迦さま。唯一この世で如来になった人。
幸せに生きるための方法を教えてくれる。
阿弥陀如来
極楽浄土という天国を創った人。生前に阿弥陀様の名前を唱えておくと、死んでから天国に連れて行ってくれる。
薬師如来
薬の師と書いて薬師如来。生きている人々を幸せにするのが仕事で、主に病気を治してくれる。

等々、以下略。
その他、あらゆるすべての仏像には意味と役割があります。

これを知っていると、本尊を見て、この寺は何のために建てられたかというのかが判ります。

例えば、奈良の新薬師寺は本尊が薬師如来だから、もともと病気平癒を祈念して建てたお寺です。

でも、そうなると、誰が誰のために? ということが気になってきます。

薬師寺は、奈良時代に、夫である聖武天皇の病気平癒を願った、お妃の光明皇后が建てたものです。

それでは聖武天皇のいた頃の奈良時代ってどんな時代だったの?

調べてみると、飢饉や疫病が蔓延し、国の存亡がかかった時代でした。
みんな生きていくことに必死だったことでしょう。
だからこの頃のお寺の本尊には薬師如来如来が多いんです。

逆に、鎌倉時代になると、みんな、死は避けられないと達観してます。
その代わりに、死んだあと自分は天国に行けるのかと、国中が鬱病患者のように悩み出した時代でした。

だからこの頃のお寺は猫も杓子も阿弥陀様を祀るようになります。
釈迦像を無理やり阿弥陀像に作り替えた罰当たりな寺もありました。

これに目を付けた何人かのお坊さんたちが、釈迦の教えを独自解釈し、様々なハウトゥー本、「誰でも天国に行ける方法」が出版されます。

ここで生まれてきたのが、浄土宗だの臨済宗などの現在の仏教宗派なのです。

ではその宗派って具体的にどんなの?

…とこうなると、もはや見仏とはなんの関係もなくなってきます。

ええかげんに本来の見仏ライフに戻らねば…